2011年12月06日

連載(28)

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          11.胡笳(こか)を吹く刺客 


 昨夜、寝たのが遅かったにもかかわらず、阿倍仲麻呂(あべのなかまろ)は朝早くさわやかに目を覚ました。大伴古麻呂(おおとものこまろ)と僧普照(ふしょう)と三人、肝胆相照(かんたんあいてら)して意気投合し、意を一つにことを決行すると決め、熟睡出来たのであった。仲麻呂は行動を起こしていた。
 十一月十一日、まだ約束の時間より大分早かったが、仲麻呂は大明寺(たいめいじ)へと一人向かった。痩西湖(せいせいこ)の奥に小高い丘があり、丘の上に蜀岡(しょくこう)小城が白楊(はくよう)の木々の間に見えた。大明寺はその丘の小城の西にあった。鑑真和上一行はそこに泊まっていた。
 揚州の街は、東西と南は城壁で囲まれ、北側は丘になっていた。城壁の周りと街の中は水路が張り巡らされた水の都で、水路は南の長江(ちょうこう)へ、長江は大海へとつながっていた。白茶けた城壁の影が運河の水面に映っていた。
 仲麻呂は、大明寺山門前の丘の上で背を伸ばし、両手を伸ばし遙か南を望んで立っていた。靄(もや)の中に江南の山々の低い丘陵が遠くに望むことが出来た。境内に九層の塔があり、西霊塔(せいれいとう)とも呼ばれていた。山門をくぐると、そこには一本の柘榴(ざくろ)の木があり、葉の落ちた枝に割れた柘榴の実がなっていた。柘榴の中の赤い実が朝の光に透き通って輝いていた。
「実に美しいな」
 大雄殿(だいゆうでん)の奥の一室で和上、愛弟子思託(したく)、仲麻呂、古麻呂の四人は日本への密航について打ち合わせした。思託は和上が日本行きを決意した最初から辛苦を共にしてきた僧であった。また、親身になって相談相手になってくれた仲麻呂とも、以前からつきあいがあった。あれからすでに十二年の歳月がたち、青年僧、思託も三十七歳になっていた。彼はもともと台州(たいしゅう)開元寺の出身であった。

「広陵一帯には、鑑真和上一行が、また日本に密航しようとしている、との噂が流れている。鑑真和上達が泊まっている寺の周りには役人共が見張り、碇泊している遣唐使船四隻の近くにも役人がうろうろしている。気をつけねば」
 と、思託が言った。
 特に、普照に対する役人の警戒は厳しかった。過去数回捕まっていた。
「日本人僧普照は、また高僧をそそのかして日本に密航させようとしている。執念深い野郎だ。目を離すな」
 と、探訪使は部下に命令していた。
 鑑真の弟子に洛陽(らくよう)大福寺出身の僧霊祐(れいゆう)がいた。彼はかなりの高僧であったが、終始一貫、和上の日本行きに反対し、それを阻止しようと働いた。和上はこの高僧の弟子をありがた迷惑に思っていた。
「唐においても数少ない高僧である鑑真和上を、今更東海の果ての野蛮国日本に行かせる必要はない。あの高齢では生きて還ってくるどころか、日本に行き着くことすら難しい。普照とかいう日本の僧にそそのかされてはならない。尊い高僧の命をあたら粗末にすることは唐の大きな損失だ」
 と、他の弟子達に言い含めていた。
「もしも、密航の動きあらば、ただちに連絡されよ。広陵探訪使に阻止させよう」
 と、僧霊祐が仲間に言った。

「今までの様子から見て、どうも、日本行きの僧達の中にも密告者がいるのではないかと私は疑っている。極秘裏に綿密な計画のもと、中国脱出を計らなければならない」
 と、思託が忠告した。
「誰が怪しいのか見当はついているのか。尼僧達はだいじょうぶか」
 古麻呂は、蛇のような眼をした紫の袈裟の女を思い出して尋ねた。
「全くわかりません」
 思託が答えた。
「ところで、思託殿、鑑真和上に従い日本に去(ゆ)く沙弥(しゃみ)(僧)は、最終的には何人ですか」
 仲麻呂は僧思託に聞いた。
「四人の尼僧を含め、全部で二十四人です」
「二十四人か。一緒に行動すると目立ち、情報も漏れやすいな、古麻呂殿」
「三日前まで我ら揚州城内の延光寺(えんこうじ)に泊まっておりましたが、警備がはなはだ厳しく、秘かに城外の大明寺に移りました。しかし、その動きは探訪使に筒抜けでした」
当時、楊州には四十以上の寺があった。
「そうか、では一斑六人ずつ四班に分けよう。それぞれ別行動し、泊まる場所も分けるようにしよう。信頼のおける僧を班長に決めたらどうか」
「よし、第一班の班長は僧思託で竜興寺(りゅうこうじ)に、第二班の班長は僧法進(ほっしん)で白塔寺に、第三班は僧儀浄(ぎしょう)で興雲寺に、第四班は僧如海(じょかい)で延光寺に、それぞれ泊まってもらおう」
 古くからつきあいのある信頼のおける僧を班長に据えた。これらの班長達は、後に日本に渡り、仏教伝道のために活躍されたのであった。
「それから、智首(ちしゅ)等四人の尼僧は一人ずつ四班に分かれてもらいましょう。明日、一人ずつ別れて回り道をし警備を振りきって、それぞれ決められた寺に入って下さい。寺に長居は無用。一泊し翌日遣唐使船に来られたし」
 古麻呂は用心して指示した。
 
 もう、二、三年前のことであろうか、普照が鑑真和上との日本行きについて、説法して歩き回っていた時のことであった。
「私は中国北東の出身で、如海と申す者でございます。鑑真和上の日本行きに感動しました。普照殿、どうか拙僧(せっそう)を一行の末席に加えてはいただけませんか」
「もちろん、して、今はどちらに」
 と、普照が尋ねた。
「幼きころ、二親を失い、今は少林寺に身を置き、禅宗を学んでおります」  
 如海は小声でぼそぼそとしゃべった。
「ほう、少林寺の僧ですか。では拳法もおやりですか」
 しかし、どう見ても、小柄で、貧弱なこの僧が拳法をやるようには見えなかった。
「はい、ほんの僅か心得があります」
「さようですか」
「僅かばかりで恥ずかしいことですが、これを日本行きの路銀に使っていただければ」
「これは何と、かたじけないことです」
「いや僅かですが、托鉢で貯めた浄財です」
 それは大金ではなかったが、一人の僧の寄進にしては決して少ない金ではなかった。それ以来、口数は少ないが、鑑真を信奉する敬虔な僧として一行に加わった。

「思託殿、四人の尼僧に逢いたいのだが」
 古麻呂が頼んだ。
「ちょうど今、四人ともいますよ。呼んできましょう」
 思託が答えた。
「あの女はいないな。尼僧はこれで全員ですか」
 四人の尼僧の中に、あの蛇のような目をした紫の袈裟の新羅女はいなかった。
「尼僧は私達だけですよ。どなたをお探しですの」
 尼僧の一人智首(ちしゅ)が怪訝そうに尋ねた。たいへんな美人で、なぜ尼僧になって日本まで行こうとするのか、思託には理解できなかった。
 万一密通者がいても被害を極力抑えるため、各班の班長だけを一人ずつ呼んで、出国についての詳細な打ち合わせをした。他の班の行動については情報を流さないようにした。
「寺を出る時には、袈裟を脱いで出て下さい。衣服は明日までに全員に届けます」
それから、古麻呂は続けて指示した。
「変装し各班毎に、それぞれの寺から楊子鎮(やんつうちん)の指定場所にきて下さい」
 直接、遣唐使船に行かせず、各班の指定場所は皆少しづつ場所を変えた。二十四人の中に密告者が紛れ込んでいる可能性を考えたのだ。
「明後日までに四艘の小舟を楊子鎮に用意しておく。その後の行動については、明後日、到着後追ってそれぞれに指示する」
 楊州城内から長江につながる新河(しんが)という新しい運河があり、楊子鎮は、ちょうど楊州と長江の中間点にある船着場であった。遣唐使第二船はそこから長江本流を下り、蘇州(そしゅう)の黄四浦(こうそほ)に碇泊した。碇泊場所はまだ秘密で、日本への出航は十一月十五日満月の夜明けと決めていた。
「観月(かんげつ)の屋形船と洒落、僧は袈裟を脱ぎ旅人に、尼僧は舞姫になりすまして参られたし」
「仏に仕える身で、舞姫とは・・・」
 尼僧智首はしりごみして言った。
「智首様は美人なので、本当の舞姫より艶めかしいことだろうな。楽しみだ」
 思託は冗談半分に智首の眼をジッと見つめた。
「何ということをおっしゃるの。思託様」
 尼僧智首はまんざら悪い気がしていないようであった。
「これは仏の求道のためです」
 古麻呂は笑みを浮かべて言った。
「わかりました。ところで遣唐使船はどこに碇泊しているのですか」
 智首が質問した。
「それについては、追って知らせます。あなたは本当に日本へ行かれるのですか」
「そうですよ。何処へ行くとお思いですか」
 智首は少しおこった顔で言った。
古麻呂は智首を疑った。しかし、紫の袈裟の女ではなかった。

 阿倍仲麻呂の指示により思託は、出身の台州開元寺の住職あてに手紙をしたため、早便に託した。
posted by いきがいcc at 20:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 28.胡笳を吹く刺客