2011年11月29日

連載(24)

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 正月の賑わいも終わったころ、大使藤原清河、副使吉備真備、大伴古麻呂は阿倍仲麻呂を訪問し、今回の、遣唐使の本当の使命について密談した。
「紫微令(しびれい)藤原仲麻呂(恵美押勝)は九年先の七六二年までに朝鮮半島を支配する野望を持っている。それには唐、渤海、日本の三国軍事同盟を結び、新羅を孤立させ、滅亡させることである。今回の遣唐使の真の目的は、仲麻呂殿の力を借りて、何とか唐と軍事同盟を結ぶ足掛かりをつくることである。力を貸していただきたい」
 大使が話を切りだした。
「藤原仲麻呂殿はそのように立派になられたか。難波津に送ってくれた時は、十二歳の紅顔可憐な美少年であったがのう。あれから早、三十六年が過ぎ去った」
 阿倍仲麻呂は遠い昔の少年時代を思い出しながら懐かしそうに言った。
「確かに今、大唐国は世界最強の大帝国だが、いくら大帝国であっても、その繁栄は何時までも続くものではない。栄枯盛衰は世の常。盛唐(せいとう)はすでに頂点を過ぎ、大唐国が九年先まで存続するかはわからない」
 大伴古麻呂があわてて口を挟んだ。
「何と、大唐国が七六二年まで存続しないと、何の根拠をもっておっしゃるのか」
「古麻呂殿、存続しないかもしれないと、言っているのです。明日のことは誰もわからない。玄宗皇帝は名君であった。開元(かいげん)の治は、唐をゆるぎない最強の国家にした。しかし、名君が何時までも名君であることは、いつの世でも難しいことよ。天子様もすでに六十八歳、元気ではあるが楊貴妃(ようきひ)様と共に詩歌管弦に明け暮れている。長安には平和な文化の花が咲き乱れている」
「確かに私もそう感じた。前回の遣唐使の時に比べて平和に倦(う)んでいる。天下太平は衰退の兆(きざ)しかもわからぬ」
「そうでしょう。玄宗皇帝は政治に飽き、改革を忘れた。戦争にかっての様な野心や情熱を失ってしまった。今や権力は外戚の楊国忠(ようこくちゅう)の手に委ねられ、国家、民衆を思わず私利私欲のみに走っている。このままでは、唐が危ない。かっての有能、剛直な宰相は皆いなくなった」
 仲麻呂は嘆きながら言った。
「私が帰国したい理由の一つは、大唐国の滅び行く姿を見たくないためですよ」
 唐が滅んでしまうなど、思いもよらないことを唐の高官、阿倍仲麻呂の口から平然と口にするのを聞かされて、三人は唖然とした。特に古麻呂は目をパチクリさせた。
「天子様に、今更、軍事同盟の話をしても、聞く耳を持たない」
「皇太子様はどうか。あるいは、天子の代わりに相談できる、有能な宰相(さいそう)は他にいないのか」
 吉備真備が問いかけた。
「いません」
 阿倍仲麻呂は即座に答えた。皇太子が愚鈍(ぐどん)であることは、あえて言わなかった。
「内密な話ゆえ、信頼できる人でなければいけない。特に、新羅は日本、唐国にたくさんの間者を放っていると聞いている」
 藤原清河大使が言った。
「真備殿、軍事同盟はお互いに利益が無ければ結ぶ事は難しい。唐国にとって、新羅との冊封関係を破棄してまで、日本と対等の軍事同盟を結ぶことに何の価値があるのですか」
 阿倍仲麻呂が問いただした。
三人とも言葉に詰まってしまった。しばらく沈黙が続いた。
「古麻呂殿、軍事同盟の見返りに日本国は唐国に九州でも割譲(かつじょう)する覚悟があるのですか。大唐国にとって九州の如き小島では話にならないかもしれないが」
「それは出来ない」
「古麻呂殿、自分の都合だけ考えても同盟を結ぶことは出来ませんよ。相手の立場も考えなければ・・・」
「それはそうだ」
「一時的に、朝鮮半島を支配できても、永久に統治することはできない」
「何故、断定出来るのですか」
 古麻呂が尋ねた。
「未来永劫、存在する大海です。海峡は万里の長城の、百倍以上の威力がある天然の要塞で、永久に両国を隔てている。人の世は有為転変(ういてんぺん)。人が結んだ紐はいつかは解け、築いた壁はいつかは崩れる。大海は何時までも大海である」
「仲麻呂殿の言う通りだ。日本が中国の属国になっていないのは、日本が強いからではない。東方の大海にある島国だからだ。海は天然の要塞よ」
 真備が同意した。
「では貴殿は三国同盟締結には反対ですか」
 清河が尋ねた。
「戦争に反対です。二、三年唐のいく末を見極めることですね。時間はいつでもある。早まることはない。歴史の流れを見極めることだ」
 阿倍仲麻呂は悠然として言った。清河、真備、古麻呂は返す言葉がなく、沈黙が続いた。
「お三人さんは戦争が好きですか。人が人を殺すことが好きですか」
 清河が答えた。
「それは平和が一番ですよ」
 そこで話は途絶えてしまった。沈黙を破って阿部仲麻呂がつぶやいた。
「まあ、一度、それとなく話してはみるが」
「誰にですか。皇帝にですか、楊国忠にですか、楊貴妃ですか」
 古麻呂がたたみかけて、問いかけた。
「いいえ、高力士(こうりきし)将軍だ」
 仲麻呂はさりげなく答えた。
「何、宦官(かんがん)にですか」
 古麻呂が確かめた。
「ところで皆さん、砕葉(さいよう)(タラス)河畔の戦いはご存じですか」
「いえ、全く知りません」
 大使以下、顔を見合わせて答えた。
「大唐国の西に世界を二分する阿拉伯(アラビア)(アパース朝イスラム帝国)があります」
「大唐国の西は天竺(てんじく)(インド)だけでなく、他に大国があるのか」
「天竺の更に西、阿拉伯半島にある巴格達(バグダット)は、長安に勝るとも劣らない大きな都で、アラビアン・ナイト物語の舞台になった街ですよ。ご存じないですか」
「そのような話は聞いたことがない」
「一昨年、七五一年(日本 天平勝宝三年)世界二大帝国、大唐帝国と阿拉伯帝国は砕葉(さいよう)河畔(中央アジアキルギス)で戦った。世界の東西天下分け目の戦いでした」
「それで、唐は勝ったのか負けたのか」
「大唐国河西節度使(かせいせつどし)、朝鮮人高仙芝(こうせんし)将軍は七万の兵を従え、砕葉城に立てこもり五日間死守したが、阿拉伯、トルコ連合軍に撃破され大敗を喫した」
「今が大唐国の盛から衰への分かれ道と見たのか」
 真備は読んだ。
「五万の兵が殺され、二万の兵が捕虜となった」
「国際人阿倍仲麻呂の大きさと深さに次元の違いを感じます」
清河大使は感心した。
「天下の情勢を未来の天上より、眺めることが出来ればよいのだが、そうも出来ぬな。ハハハ」
阿倍仲麻呂は笑いながら言った。
 安史(あんし)の乱が起き、玄宗皇帝が命からがら蜀(成都)に逃げたのは、この密談からわずか二年後のことであった。
posted by いきがいcc at 16:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 24.西暦七五二年の遣唐使