2011年11月18日

連載(16)

IMG_1972_6_1.JPG  (連載16)

 阿倍仲麻呂は七三三年(日本 天平五年)唐に来てから十五年後、玄宗皇帝第十二子魏王(ぎおう)の親王府(しんのうふ)の友(ゆう)、従五品上に抜擢され、洛陽から長安に移り、十六宅に居を構えた。王子達もそれぞれ皇帝の役所を真似して、小型の役所を持っていた。これが親王府である。府の長官は傳(ふ)であり、友(ゆう)はその次官であった。

 仲麻呂が十六宅に来てから三年目、仲麻呂三十六歳の夏はことの他暑かった。共に入唐(にっとう)した留学生真備(まきび)も玄坊(げんぼう)もすでに日本へ帰ってしまっていた。
ある日の昼下がり、十六宅内の敷地をゆっくりと一人散歩していた。空を覆う槐(えんじゅ)の木と池を覆う睡蓮(すいれん)の葉はその熱さを幾らか和らげてくれていた。
「あれ、ここは何処だろう、道に迷ったかな」
 彼はびっくりして足を止めた。いつの間にか、誰かの屋敷内に迷い込んでしまっている。くずれた土塀の木々の向こうに、侍女を従え水浴びをしている若い一人の妖艶な高貴の女が見えた。
女は、二藍(ふたあい)(藍色)の風衣(ふうい)(肩掛け)を梧桐(ごどう)の枝にかけた。山吹色の透けた羅衣(うすぎぬ)を一枚脱いだ。ゆっくりと黒い帯を解き枝にかけ、その下に着ていた胸元から足下まである真っ赤な長裙(ちょうぐん)(ワンピース)をサラリと落した。最後に紫色の下穿(したばき)を脱ぎ捨てた。まぶしいばかりの一糸まとわぬ凝脂(ぎょうし)の白い裸体が現れた。
「ああ。何と美しい」
 と、仲麻呂は茫然とした。
「阿環(あかん)様、水を流しますよ。よろしいですか」
 侍女が井戸から汲み上げた水をザッと掛けた。
「ああ、冷たくて気持ちがいい。この暑さには水浴びが一番いいわ。もう一杯掛けて下さい」
「阿環様のお肌は本当に綺麗ですね」
 女達の嬌声(きょうせい)が仲麻呂にはっきり聞こえてきた。
 侍女達は玉環(ぎょくかん)を、親しみを込めて阿環と呼んでいた。侍女は井戸の水を桶でくんで、玉環の肩に続けて掛けた。肌は水を弾き飛ばし、水玉が辺り一面にはじけ飛んだ。上を向いたはち切れそうな乳房に真夏の木漏れ日がゆらゆら動いていた。太陽の光で乳首は透き通る柘榴色に輝やき、うなじから胸、腹部への微妙な起伏の曲線が柔らかい陰影を創り出していた。仲麻呂は陶酔した。

 行水を終わった玉環は、二藍(ふたあい)の羽衣を直接肌にそっとまとった。美しい裸体が紅梅色に透けて見えた。そのまま松の木の秋千(ブランコ)に腰掛け、体をゆっくり揺り動かした。
「揺らして下さい」
 侍女が更に秋千を大きく揺り動かした。空に舞う天女のようであった。
「もっと揺らしますか、阿環様」
「そのくらいでいいわ。ああ気持ちいい」
 秋千が前後に揺れる度に風衣の芙蓉の花文様が空中に舞った。長い黒髪が風に乱れ、白い肢体が見え隠れした。
 槐の大木の黄色い花の香りが空から舞い降り、玉環を包んだ。生い茂る睡蓮(すいれん)の真っ赤な花の香りが水面から舞い上がり、玉環を包んだ。衣裳は薫香(くんこう)でたきしめられたように薫りに包まれた。日が傾き、急にひぐらしが鳴き始めた。
 阿倍仲麻呂は立ちすくんだままジッと眺めていた。女達は仲麻呂の存在に全く気が付かなかった。この水浴び女の一幅の絵は仲麻呂の瞼に焼き付いたまま忘れることがなかった。
「美しい絵だ。名は阿環(あかん)様か」

IMG_2010.jpg
 その翌年の春、阿倍仲麻呂は一人、洗い立ての白衣に身を包み、白馬に乗り、長安の南東の隅にある、曲江(きょくこう)の苑(その)へ散策に出た。
「夜来の嵐がおさまり、春爛漫の素晴らしい日よりだ。馬に乗って街に出てみよう」
 青龍寺(せいりゅうじ)を抜け、小高い丘の上の楽遊原(らくゆうげん)にて、しばし馬を止めて、雨上がりの澄み切った帝都の春を見渡した。白馬のたてがみが春風に絡み合った。遙かに頭(こうべ)をあげて、遠く北を望めば、竜尾(りゅうび)の丘に離宮の黒い甍と赤い柱が雲霞(うんか)の下に光り輝いていた。近く南を望めば、大慈恩寺(だいじおんじ)、西院(せいいん)の七層の浮図(ふと)(塔)が蒼穹(そうきゅう)を刺してそそり立っていた。古い墳墓を通り抜け、下って曲江の池に差し掛かる路曲(ろきょく)(小道)で真っ赤な七香車(しちこうしゃ)(女性が乗る牛車)に乗った女達の一団に出くわした。
 昨夜来の大雨で路肩がゆるんでおり、牛車の片方の車輪が道から外れ落ち、車が大きく傾いていた。男は御者だけで、あとは女三人連れであった。
 ひっくりがえりそうになった牛車を立て直そうと御者は、懸命に鞭を打ち、青牛(くろうし)は足をばたつかせているが、車は動くけはいがなかった。
「どうか助けて下さい」  
 女の一人が、近づいてきた馬上の仲麻呂に傾いた牛車のなかから声を掛けた。
「降りてもらわないとだめですね」
 牛車は激しく傾いており、足場も悪いので女達は自分で降りることが出来なかった。仲麻呂は馬に乗ったまま測道に降りていき、馬上から牛車のなかの女を一人づつ抱え出し、降ろした。三人目の高貴な女を見た瞬間、仲麻呂はドキッとした。しっかりと抱きしめた。女は男の厚い硬い胸に手を添えた。
「水浴びをしていた時の、あの女だ」
 御者と仲麻呂は車を平らにし、空の牛車を路上に乗り上げることに成功した。仲麻呂は泥だらけになり、汗びっしょりになり上半身裸になって働いた。
 汗に濡れた筋骨たくましい壮年の男の裸を、三人の女はうっとりと見つめていた。我に返って言った。
「難儀をしているところ、ご親切に助けていただき、本当にありがとうございました」
 お供の女官が言った。
「ありがとうございました。どうか、お名前をお聞かせ下さい」
 高貴な女が初めて仲麻呂に声を掛けた。
「我は蓬莱(ほうらい)の人」
 水浴びの女は右手を頭にかざし、かんざしを抜いた。かんざしが春の光に玉虫色に輝いた。
「手持ちが何もありません。この金のかんざしをお礼に受け取って下さい」
 女はすかさず右手をサッと出し、仲麻呂の手を躊躇することなくつかまえ、かんざしを握らせた。仲麻呂はその白い柔らかい手の感触をここちよく感じ、思わず強く握り返してしまった。
「ああ、蓬莱の人よ、あなたのことは忘れません。またお逢いできることを祈っています」
 阿環は身体が熱くなり上気してしまった。
 かんざしは今にも天空に舞い上がらんとする鳳凰の金の透かし彫りであった皇族の女でなければ持てない高価な物であることに仲麻呂もすぐ気が付いた。いきずりの女からもらうにしてはあまりの高価な物であった。
「素晴らしいかんざし、ありがとう。また会える日まで拝借します」
 と、笑みを浮かべてると、白い上着をサッと肩に掛け、裸のまま馬に飛び乗って駆け去った。男の汗が飛び散った。
「なぜ、私の名をご存じなの?」
 と、問い返した時には、仲麻呂の姿は蒲(がま)の葉が生い茂る曲江の池へと消えていた。池は水かさが増し、溶々として満ち、いつもより大きく見えた。芽を吹いたしだれ柳の先が、春風が吹く度に池の水面をかすかにそっとなぜ、その度に小さな波紋ができた。
「あのかんざしをあげてしまってよかったのですか、阿環様。なぜ、あのお方は阿環様の名前をご存知なのですか。怪しいですね」
 二人の侍女がからかうように言った。夫からもらった大切なかんざしであった。
「初めてお逢いした人なのに、なぜ、私のことを知っているのかわからない。でもうれしいわ」
「阿環様は本当に美人だから、多くの男が知っているのよ」
 高貴な若き人妻は悪い気はしなかったが、一人嘆息した。そして、衝動的に高価なかんざしを渡してしまったことに気が付いたが、後悔はしなかった。
「またお逢いしたいわ」
 阿環(玉環)こそ、後の玄宗皇帝の愛情を一人占めした絶世の美女、楊貴妃の若かりしころの姿であった。時に仲麻呂三十七、楊貴妃十九の春であった。
 楊貴妃が玄宗皇帝第十八番目の皇子寿王(じょうおう)の妻として、迎え入れられたのは七三五年(日本 天平七年)のことである。寿王の母は、若き日玄宗に最も寵愛を受けた武恵妃(ぶけいひ)で、その力により寿王は皇太子の第一候補者であった。しかし、武恵妃は病で倒れ若くしてこの世を去り、それと同時に寿王の皇太子への道は断ち切られてしまった。更に悪いことには、寿王の妻の美貌を玄宗の側近、宦官高力士(かんがんこうりきし)が知るところとなり、武恵妃亡き後、父玄宗の後宮として取りあげられてしまった。彼女が宮殿にあがったのは、寿王の妻となって五年後、二十二歳時であった。寿王は皇太子の道を絶たれあげくに、父親に妻を取りあげられてしまった悲劇の皇子であった。
 阿倍仲麻呂が偶然、楊貴妃と出逢ったのはこの時が二度目であった。彼が唐に来て、初めて胸が高鳴り、五感で愛を感じ、美しいと思った女は、楊貴妃ただ一人であった。
posted by いきがいcc at 16:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 16.阿倍仲麻呂と楊貴妃の出逢い