2011年11月26日

連載(22)

rihaku-uta.jpg  (連載22)

 李白が長安を後にしたのはそれから数日後のことであった。再び流浪の旅にでて間もない頃、彼は太原(たいげん)に現れた。街の群衆の中で護送されていく若き武将と目があった。その澄み切った青眼(せいがん)の軍人には英雄の相があった。李白はそれを五感で感じた。
「あの囚われの男は誰だ」
 群衆に聞いた。
「隴西節度使(ろうせいせつどし)、哥舒翰(がじょかん)将軍の部下ですよ」
「何故に身柄を拘束されたのか」
「軍律を犯した罪で死罪になるとの噂だ。刑の執行のため、隴西節度使の軍営に護送されていく途中だ。惜しいことよ。あれほどの男を死刑にするとは」
「何の罪か?」
「上司が軍の食糧を横流していることを正したところ、逆に放火の罪をなすりつけられ、陥れられたとのことらしい」
 当時はいかなる理由にせよ大切な軍の食糧を盗まれたり、略奪されたりした罪は大きい。死罪であった。
 李白は急いで、軍営に哥舒翰将軍を尋ねた。酒好きな将軍であった。
「あの男を死罪にしてはいけない。酒蔵を焼失したのであればともかくも、食糧より武将の命の方が大切であろうが。天下一の大将軍といわれるお人であればその程度のことは、ご存じであろうが」
 将軍に直訴した。
「お前は誰だ」
 横柄な男に対して、哥舒翰が横柄に聞いた。
「我は李白である」
 彼は富も地位もないが、大詩人としてその名は唐国の隅々まで行き渡っていた。
「おお、お前が酒中の仙、李白か。ハハハ。我は酒中の将(しゅちゅうのしょう)、哥舒翰である」
 李白の死罪罷免の嘆願が通り、若き武将は無罪となった。彼の名は郭子儀(かくしぎ)であった。

 李白は中国東北の地を遍歴していた。それまで留まっていた北の地、幽州(ゆうしゅう)(今の北京の辺り)を後にして、再び、南へと漂泊の旅に出たのは七五四年(日本 天平勝宝六年)のことであった。金陵揚州(きんりょうようしゅう)に入った。そこで彼は朋友から聞いた。
「昨年揚州から三十七年振りに日本へ帰った朝衡は、船が難破し遭難した」
「なんと、朝衡が遭難したと」
 李白はその死を悼(いた)み悲しんで、蜀岡(しょくこう)の大明寺の棲霊塔(せいれいとう)に一人登った。九層(くそう)の頂上より、背伸びして東海の彼方を見つめていた。
「朝衡、お前とここで逢ったのは何時のことであったか」
 欄干の壺を傾け、間近に白雲浮かぶ海に向かい、問いかけた。
「朝衡、お前は今何処にいるのだ。本当に蓬壺(ほうこ)の仙人になってしまったのか。唐国一の高くそそり立つ峻峠(しゅんじ)の九層の塔から眺むれど、東方の海の彼方は、蒼蒼(そうそう)茫茫(ぼうぼう)たるばかりで何も見えぬわ」
 剣(つるぎ)を杖にして立ち、李白は阿倍仲麻呂の死を慟哭(どうこく)し、七言絶句を残した。

    朝卿衡(ちょうけいこう)(仲麻呂)を哭(こく)す

   日本の朝卿(ちょうけい) 帝都を辞し
  ―日本人の朝衡は、帝都長安に別れをつげ―
   征帆(せいはん) 一片 蓬壺(ほうこ)をめぐる
  ―一艘の帆船は、東海の蓬壺をめぐって消えた―
   明月は帰らず 碧海(へきかい)に沈み
  ―明月の様に輝かしかった君は、祖国に帰れず碧い海に沈み―
   白雲(はくうん)愁色(しゅうしょく)蒼梧(そうご)に満つ
  ―悲しみの色に染まった白雲が、蒼梧の山に立ちこめる―

 それからまた数年後、「安史(あんし)の乱」が勃発し、長安は安録山(あんろくざん)によって陥落し、玄宗皇帝は蜀に逃れた。玄宗の子「粛宗(しゅくそう)」は、七五七年(日本 天平宝字元年)反乱軍討伐を企てた。その副元帥(ふくげんすい)として長安を奪回し唐王朝を再び存続させた立て役者は、郭子儀(かくしぎ)将軍その人であった。
 しかし、粛宗が長安に向かう頃、江陵(こうりょう)にいた玄宗皇帝第十六子が新たに反乱の兵を挙げ、勝手に江陵で皇帝に即位し、長安へと兵を進めた。
「巨匠、李白殿、我らは長安に上り天下をとる。共に戦おう。参謀に遇する。ついて参れ」
 と、ちょうど江陵の近くの廬山(ろざん)を旅していた李白は、その名声を利用され担ぎ出された。
「我は漂泊の布衣(ふい)の遊子。すでに政からは足を洗って長い。お断りする」
 と、俗世を離れた五十七歳の白髪の詩人は辞退した。しかし、うまく言い含められ、酒を飲まされ、幕僚に加えられた。李白は訳もわからず、戦争に巻き込まれ、反乱軍に加わってしまった。反乱軍を称える歌を作り士気を鼓舞した。
 この謀反はただちに平定され、全て逆賊として処刑された。その中になんと、李白の名が載っていた。すでに、玄宗は皇帝を退き粛宗(しゅくそう)の時代になっていた。粛宗の佞臣(ねいしん)の宦官が皇帝に言った。
「忠臣、大詩人・杜甫(とほ)は戦火をくくり抜け、霊武(れいぶ)に天子様を探し求めて駆け散じた。然るに、李白は唐国の翰林供奉(かんりんくぶ)の職にありながら、こともあろうに反乱軍に加わった謀反の罪は大きい。死罪に処する」
 李白が死刑に処せられようとしているのを、時の将軍、郭子儀(かくしぎ)は知ってびっくりした。
「李白は漂泊の大詩人。すでに政から離れて十数年。誰が白髪の巨匠を反逆者と呼ぶことが出来ようか。詩仙を殺してなんになる。我が命をもって李白の無実を証す」
 愛馬「獅子花(ししか)」に乗って疾風のように現われた。将軍の濃紺のマントがひるがえった。将軍郭子儀の剣幕に押され、李白は死刑を免れた。
「今日、我があるのは李白殿のお陰、昔日の恩に報いることが出来た」
 と、つぶやき、将軍は胸をなで下ろし内心ほっとした。
ヒヒン、ヒヒンと、名馬「獅子花」は前足を天空にかきあげながらいなないた。
 郭子儀の力で何とか死刑を逃れたが、反逆謀反の罪は大きく、中国南の辺境の地、夜朗(やろう)(貴州)に流された。その後、罪が許され、李白は再び飄々と遍歴の旅に出た。

 李白がこの世を去ったのは、これから五年後旅先でのことであった。
 人づてに聞いた。李白は一人長江に舟を浮かべ、月を眺めながら酒を飲んでいた。なみなみと注いだ杯に輝く月を招き入れ、飲み干し、飲み干してはまた招き入れた。すっかり酩酊し、水面に映った月をすくい取ろうとして舟から落ちて溺れ死んだ。

 阿倍仲麻呂が李白の死を風の便りに知ったのは、彼がこの世を去ってから一年後のことであった。昔を懐かしく想い出した。かって、仲麻呂は王維にたずねたことがあった。
「王維殿、李白のあの人間味溢れる天才的な詩の源は、何処から生まれてくるのですか」
 王維は即座に一言で答えた。
「やつの碧眼(へきがん)よ」
 李白の瞳は僅かに青色を帯びていたのだ。李白自身はそれを知っていたのであろうか。
posted by いきがいcc at 17:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 22.酒中の仙 李白