2011年12月15日

連載(38)

book.jpg  (連載38)

「羽栗殿、我は阿倍仲麻呂殿の墓前に詣(まい)ろうと思うが、貴殿も一緒に行かぬか。親父がいつも、阿倍仲麻呂はいい男だったと言っていた」
 と、大伴継人が誘った。
「一緒に詣ろう。父も、よい主人に恵まれて本当にしあわせだったと言っていました」
「我が父が謀反の汚名を着せられ非業の死を遂げたのは、阿倍仲麻呂殿との約束をまもり、新羅との戦を避けるためだったのだ」
 二人は終南山の仲麻呂の墓を訪れ、墓前に花を捧げた。それは仲麻呂がこの世を去ってから七年後のことであった。茫々と荒れ果てた終南山の廃屋(はいおく)に仲麻呂の妻一人が墓を祀(ま)っていた。背丈以上に伸びた白い枯れ草を踏みしめ歩くと、草木の折れる乾いた音が荒野に響き渡り、足もとには小さな野路菊(のじぎく)の花が咲き残っていた。一尺五寸(約四十センチ四方)の小さい石の墓誌が埋まっていた。墓碑には次のように刻まれていた。

― 朝衡ここに眠る 胸中灑落(しゃらく)なること光風(こうふう)霽月(せいげつ)の如し ―

「灑落(しゃらく)とは?」
「超越していて、こだわりがないことだ」
 と、翼(つばさ)が継人(つぐひと)に教えた。
「光風とは?」
「風が吹いて遠くから見ると、それが草木に当たって光を発するような綺麗なさま」
「霽月(せいげつ)とは?」
「晴れわたった月よ」
「心の中がまことにあっさりして、晴れわたる月の下、風に吹かれて美しく光る草木のようだ」
 誰が阿倍仲麻呂を称えた言葉であろう。誰か定かではない。

 妻は唐女で得度し尼僧として、阿倍仲麻呂の菩提を祀っていた。子はいなかった。
「遠路はるばる朝衡をお詣(まい)りしていただきありがとうございます」
 と、妻女が礼を述べた。
「ご妻女は本当に美しい人ですね。驚きました」
 大伴継人が羽栗翼にささやいた。
「本当に若く美しい。仲麻呂殿も美男子だったからね」
 羽栗翼が昔を思い出して言った。
 そしてまた、二人は藤原清河を訪ねた。清河もすでに七年前、阿倍仲麻呂と同じ年に他界していた。清河を迎えに来て、そのまま清河に仕えた、弟の羽栗翔に逢った。
「翔、本当に元気で何よりだ」
「ひさしぶりです。兄上も元気そうで・・・」
 翔は清河の遺児一人娘の喜娘(きじょう)と夫婦になっていた。
「翔、えらい若い嫁さんを貰って幸せだな」
「兄貴、喜娘も同意してくれているので、一緒に日本に帰りたいのです」
「それはうれしいことだ」
 と、兄貴は喜んで賛成した。
「そうだ、阿倍仲麻呂の妻女にも聞いてみよう」
 羽栗翼はとっさに思った。
 仲麻呂の妻女は、すぐには答えなかった。
「ありがたいお誘いですが、お断り申し上げます」
「どうしてですか。翔と喜娘も日本へ行きますよ。一緒に行きましょう」
「皆、一緒に帰れれば本当によいのだが」
 と、大使も賛成した。
「私が行ってしまえば、あの人の菩提を誰が祀ってくれましょう」
「妻女殿、ご心配なさるな。仲麻呂殿の遺骨をもって共に日本へ行きましょう」
「あの人の遺骨と共に・・・日本へ」
「はい。仲麻呂殿は三度日本への帰国を試みましたが、悲願の帰国を遂げることが出来ませんでした」
「え・・・。三度も」
「はい。最初は七三四年(日本 天平六年)吉備真備、僧玄坊(げんぼう)等が帰国した時で、玄宗皇帝に引き留められました」
「それで二度目は七五三年(日本 天平勝宝五年)鑑真和上、大伴古麻呂が帰国した時で、遭難し藤原清河と共に船が安南(ベトナム)に漂着したのです。三度目は七五九年(日本 天平宝宇三年)高元度が迎えにきてくれたが、安史の乱が完全に平定されておらず、危険が多く帰国を断念せざる得ませんでした」
「妻女殿、どうか四度目に仲麻呂殿の悲願を叶えてあげて下さい。きっと喜んで下さいますよ」
「わかりました。では仲麻呂と一緒に日本に行くことに致します。どうぞよろしくお願いいたします」
 大使、大伴継人、羽栗兄弟は藤原清河の娘と阿倍仲麻呂の妻、二人の女を連れて唐国を後にした。
 阿倍仲麻呂の妻、尼僧は五十六歳であったが若く見えた。紫の袈裟衣(けさごろも)の下に隠されている女体は未だみずみずしい艶容(えんよう)な肢体であった。しかし、尼僧がまさか楊貴妃その人であったとは誰も知らなかった。
 遣唐使の日本への帰り船は、またもや悲劇に見舞われた。嵐に遭い舳先(へさき)と艫(とも)が真っ二つ割れ、大使を初めとして多くの人が命を失った。大伴継人は阿倍仲麻呂の妻女を抱え舳先にしがみつき、羽栗兄弟は喜娘を抱え艫を拠りどころした。二日間漂流のうえ日本に奇跡の生還を遂げた。

「長安の都にそっくりですね。本当に美しいわ」
 尼僧は初めて見る平城京を眺めながら久しぶりに晴れやかな顔をみせた。
「長安より小さいでしょう。奈良の都は長安の三分の一以下です」
 大伴継人が説明した。
「小さいとは思いませんが、一つだけ全く違う所がありますわ。奈良の都には壁がありませんね。長安の街は四方が厚い城壁に囲まれています。更に街の中は碁盤の目のように区画され、その一つ一つも四方が城壁に囲まれています」
「確かに、長安は皆二重の壁に囲まれていましたね。日本は天下の帝都長安を真似して奈良の都を造りましたが・・・」
「しかし、城壁だけは真似しなかったのですね。日本は戦争のない平和な国、うらやましいわ」

 阿倍仲麻呂の遺骨を納骨するため、尼僧は阿倍家の菩提寺(ぼだいじ)を訪問した。阿倍家の先祖をお詣(まい)りし、納骨した後、尼僧は家宝を見させて貰った。
「阿倍家の秘宝です」
「手にとっても構いませんか」
「え、どうぞ」
「ああ、秘色(ひそく)の碗(わん)だわ。なぜ日本にあるのでしょう」
 と、尼僧はびっくりし、ささやいた。
 尼僧は震える白い細い両手で、碗をそっと持ち上げ、ジッと碗を見つめていた。涙が碗に落ち、融けた水晶のように碗の表面をなめらかに覆って光り輝いた。過去の出来事が鏡のように次ぎから次ぎへと映し出され、尼僧はしばらく茫然として碗を見つめていた。
「あら、汚してしまって申し訳ありません」
 尼僧は我に返って、藤色の懐紙(かいし)であわてて碗を拭こうとした。
「お待ち下さい。拭くことはございません」
 菩提寺の住職が遮(さえぎ)った。
「家宝を汚してしまい申しわけございません」
 尼僧は深く頭をさげ謝った。
「楊貴妃様。あなた様の涙でぬれた碗ほど美しいものはない」
 住職が澄み切った大きな声で言った。
「えっ。楊貴妃様・・・。あなた様が楊貴妃様・・・」
「なんと、日本に、ほんとに楊貴妃様ですか」
 皆驚き、辺りは騒然とした。
 二十三年前に亡くなった楊貴妃の名前で突然呼ばれ、尼僧は動揺し、はっとして声のした方を見やった。
「住職様・・・」
「ああ、本当に楊貴妃様だ。昔と変わらず、お美しい。お懐かしゅうございます」
「住職様・・・。楊貴妃は二十三年前、馬嵬(ばかい)で亡くなられました」
 尼僧は落ち着いて答えた。
「それでは、あなた様はどなたですか」
「私は阿倍仲麻呂の妻、阿環でございます。あなた様は」
 尼僧はうつむいたまま尋ねた。
「仏の道とは、“苦にしない”ことです」
 住職は興奮する気持ちを抑えて静かに言った。
「ああ、あの時の若き高僧、思託(したく)様」
と、尼僧は心でつぶやき、寺を立ち去ろうとした。
「楊貴妃様。秘色の碗をお忘れです。どうぞお持ち帰り下さい」                 
 今まで黙っていた若い阿倍家の当主が言った。
「住職様。仲麻呂の御霊(みたま)をどうぞお守り下さい」
尼僧は深く頭さげ、静かに寺を去った。
 天の南のかなたより阿倍仲麻呂の声が聞こえたような気がした。
「秘色の碗・・・。秘色の碗をお前に・・・。阿環」

 俗世の人間の歴史は、はかないもの。わずか百年の間、森羅万象(しんらばんしょう)、栄枯盛衰、会者定離(えしゃじょうり)。秘宝の持ち主は、五人に受け継がれたが、すでに五人ともこの世を去った。
 この間、秘色の碗はその輝きを一時も曇らせることなく、燦然(さんぜん)と光り輝き続けてきた。底知れぬ深い青、天空の青か・・・、遙かなる緑、千峰(せんぽう)の緑か・・・。無(む)か空(くう)か、人の世の移ろいを全て包含し、昇華(しょうか)せしめる宇宙か。秘色の碗は海を渡って日本国に生きていた。

―白きこと珠(たま)のごとし、青きこと天のごとし、輝けること鏡のごとし、薄きこと絹のごとし、響くこと磐(いわ)のごとし、―
posted by いきがいcc at 22:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 38.秘色の碗
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