2011年12月11日

連載(33)

sarusuberi.jpg  (連載33)

     13. 宦官高力士(かんがんこうりきし)の愛


 高力士は思った。
「楊貴妃は朕の妃(きさき)だ。殺したければ、朕の首を跳ねてからにしろ」
 俺が皇帝だったら。そう、大声で恫喝(どうかつ)したであろう。
「それにしても、楊貴妃様、あれほど激しく愛していた皇帝への愛が一瞬にして冷めてしまうとは、女心は男には理解できませぬ」
「女は、同時に多くの男を愛することは出来ません。ただし、いくら激しく愛した男でも、一度嫌いになり、別れてしまえば後は赤の他人、何も未練などありません。新しい男に激しく燃えるものです」
 楊貴妃が悟ったように言った。
「新しい男とはどなたですか」
 楊貴妃はただ微笑むだけであった。
「男は、同時に多くの女を愛することは常ですが、一度激しく愛した女のことは、別れた後でも何時までも忘れず、また逢いたいと未練があるものです」
 高力士はやはり男であった。
 秦嶺(しんれい)の谷川の辺に紫微(しび)(さるすべり)の花が咲き乱れて、水面に映っていた。
「紫微(しび)の花の命は長いので百日紅(ひゃくじつこう)とも呼ばれている」
 高力士は沈黙を破って楊貴妃に話しかけた。
「花に百日の紅(くれない)なし」
 楊貴妃は一瞬花を見上げため息を付き、独り言をつぶやいたが、また、うつむき加減に歩きだした。秦嶺の谷間は、夏だというのにヒンヤリしていた。
「紫微の木は皮がなく、つるつるしている。なめらかな木の肌に触れると枝の先まで妖しげに振え動く。高貴な花よ」
 楊貴妃は言った。
「朝衡(ちょうこう)様が生きていれば」
 楊貴妃はまた想い出していた。
 世の中のあまりにも激しいうつろいに呆然としていた高力士は、阿倍仲麻呂が奇跡的に助かったことを楊貴妃に話していなかった。

 高力士は玄宗皇帝の皇太子時代から側近として仕え、玄宗の厚い信頼に答え皇帝の分身として、生涯かげひなたなく仕えた宦官であった。しかしながら、楊貴妃が馬嵬(ばかい)で生きのびたことだけは、その後も秘密にし、誰にも話すことはなかった。
「やつれ果てた楊貴妃には、難所と言われる蜀の桟道(さんどう)を越え、剣南山(けんなんざい)を登ることは難しいな」
 と、高力士は思っていた。ましてや玄宗皇帝一行と更に行動を共にしながら、彼女の身を隠し通せる自信もなかった。
「だからといって安禄山(あんろくざん)に占領されている長安に送り返すことは、更に危険が多い。さあ、どうしよう」
 仲麻呂のいない今、誰にも相談出来ず、誰の力も借りることは出来ない。この難問には、冷静沈着な高力士も思案に暮れた。故郷の近くにいることに気が付いた彼は、ふと子供のころ世話になった大雲寺(だいうんじ)の住職の顔を思い浮かべていた。
「故郷の大雲寺の住職に頼もう。まだ生きているか。とにかく行ってみよう」

 故郷で彼は、忌(いま)まわしい少年時代の悲しい出来事を想い出した。彼の父親はここからほど近い剣南(けんなん)の盗賊の頭領であった。しかし彼が六、七歳のころ、官軍の剣南討伐軍に敗北して殺された。母親は敵軍の兵士により凌辱(りょうじょく)され、その後の行方はわからなかった。一族の主だった者は殺されるか奴隷となった。
「大将、馮王(ふおう)頭領の子倅(こせがれ)はどう始末しましょう」
 剣南討伐使はしばらく考えていたが言った。
「殺すこともなかろう。去勢(きょせい)して則天武后(そくてんぶこう)に献上しろ」
 その場所は覚えてはいないが薄暗い小屋で、少年は裸にされ体中を洗われた。特に陽根(ようこん)と陰嚢(いんのう)はていねいに洗われた。それから白い長いさらしで下腹部、そして太股の付け根をぐるぐる巻きにされた。台の上に坐らされて目隠しされ、二人の男に両足を、もう一人の男が背後から腰を押さえた。男達は皆黒い服を着ていた。
「後悔はしないか。後悔はしないか。」
 刀をもった黒衣の手術執刀人(しっとうにん)の刀子匠(タオツウチャン)が高い声で尋ねた。後悔しないと答えるよううながされて少年は、
「はい」
 と、小さく答えた。
 小さな陽根と陰嚢は曲がった刀で一刀の下に切り落とされた。
 天井から黒と黄色のまだらの蜘蛛(くも)がスーと頭上に落ちてきた。小屋の隙間から射し込んでいる太陽の一筋の光線に蜘蛛の糸が銀色に輝いた。大きな蜘蛛のまだらの尻が少年の目の前で止まった。激痛を感じた少年は失神した。
 傷口は熱い菜種油(なたねあぶら)と灰で止血し、尿道は白鑞(はくろう)で栓をして冷水に浸した藤紙で包んだ。何も食べずに安静にし、三日後、栓を抜き尿があふれ出てくれば成功である。生きるか死ぬかは、およそ五分五分であった。
 少年は目を覚まし直ぐに、刀子匠(たおつうちゃん)に毅然として言った。
「僕の宝(パオ)は何処にありますか」
 刀子匠は黙って棚の上を指さした。
「あれは僕の物です。返して下さい」
 少年は涙を浮かべ、宝(パオ)を離さなかった。
 高力士は則天武后のもとで宦官として仕えることとなった。その後、めきめきとその才能を発揮し、玄宗皇帝に信頼され寵愛されることになった。
 ちなみに、宦官は常人と異なり尿を垂れ流すため悪臭を放っていることが常で、遠くからその存在がわかったという。その中で、高力士は尿をおのれの意思で出したり、留めたりすることに大変な努力を払い成功した。
 あらゆることを命懸けで盲目的に中国から吸収した日本人だったが、宦官と纏足(てんそく)の二つの負の文化だけは、決して中国から受け入れることはなかった。しかし、中国においては近代まで千年以上の間、生き続けていたのであった。
 ちなみに、道教と城壁もなぜか受け入れることがなかった。日本人は取捨選択をしていたのである。
           
 長安も洛陽(らくよう)も陥落し、玄宗皇帝は楊貴妃を守ることすら出来ず、権力を失い、年老いた。
「これ以上皇帝に従い、蜀まで落ち延びて忠誠を尽くしても希望はない。もういいだろう、楊貴妃と二人で逃亡するぞ。いずれ殺される身であった楊貴妃だ、俺と逃げてくれるはず。二人で新しい人生をやり直そう」
 高力士はなぜか夢の中で仲麻呂に話しかけていた。
 男を失っても女を愛することを忘れない哀れな宦官であった。人を愛する優しさも忘れてはいなかった。
「しかし、俺は本当に楊貴妃を幸せに出来るのであろうか」
 あれやこれやと思いをめぐらしたが、なかなかよい考えが浮かんでこなかった。少年時代の悲しみを背負ったまま、暗い人生を生き抜いてきた。世の中の裏を渡り歩いて、遂に盗賊の子から一品官である驃騎(ひょうき)大将軍まで登りつめた。地位と財産は手に入れたが妻も子もなく、心を割って話せる友は阿倍仲麻呂ただ一人であった。彼は常に物事を冷静に正しく判断する、優れた才能を持っていたが、いつも孤独であった。
「朝衡。わしは嶺南(れいなん)(広東、広西)の豪族領主馮王(ふおう)の孫であるぞ。故あって、父は剣南の地にて憤死し、わしは囚われこのような体にされた。好きこのんでなったのではない。宝(パオ)はなくてもわしは男だ」
「高力士殿。貴殿は男だ。心に宝を持っている」
 阿倍仲麻呂と酒を飲んだ時、高力士は酔ってくるといつも口癖のように言った。
「そうだ。俺は男だ」
「高力士殿は大唐国の諸葛孔明(しょかつこうめい)よ」

「楊貴妃を愛している男はこの世に四人いる。俺の他は玄宗皇帝、安禄山、そして朝衡(仲麻呂)だ。楊貴妃が愛している男はこの世に二人いる。玄宗そして朝衡だ。しかし玄宗皇帝との愛は馬嵬で終焉(しゅうえん)を迎えた」
 男の抜け殻は冷静に分析した。

 馬嵬(ばかい)の変で楊国忠一族、楊貴妃が殺されたことは翌日すぐに長安に届いていた。
「楊国忠も楊貴妃も死んでしまったのか。であれば、今更、わざわざ追ってを差し向けることもなかろう」
 安禄山(あんろくざん)は目標を失い、拍子抜けした。憎い楊国忠を殺し、愛する楊貴妃を連れて帰りたかったのである。
「楊貴妃が殺されたとは何ということか」
 安禄山は戦争の目的と共に生き甲斐を失ってしまった。涙と憤りがこみ上げて止まらなかった。そして、酒に溺れた。
posted by いきがいcc at 22:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 33.宦官高力士の愛
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