2011年11月29日

連載(25)

nakamaro-oui.jpg  (連載25)

 玄宗皇帝は朝衡に勅した。
「朝衡。秘書監(ひしょかん)(文部大臣にあたる)並びに衛尉卿(えいいきょう)(警視庁長官にあたる)従三品を授ける。また、この度の日本国遣唐使を送る唐国送迎大使を任命する。一行を無事日本国に送り届けよ」
「身に余る名誉、恐悦至極に存じ上げます」
 東夷(とうい)の日本人が、唐国の衛尉小卿(警視庁副長官)から秘書監兼衛尉卿にまで昇進。つまり、大臣にまで抜擢されたことは、当時としても破格のことで、帝都長安でも話題になった。
「三品とは大唐国宰相並みの極めて高い位だ」
 阿倍仲麻呂が偉大であったことも事実であろうが、野蛮国の人間でも有能であれば抜擢する度量の大きさが大唐国の皇帝には備わっていたのである。鬢に白髪も見える阿倍仲麻呂は三十七年ぶりに故国日本に帰れることになった。五十四歳の夏であった。

 ある秋の日、高力士が楊貴妃にそっと告げた。
「重陽(ちょうよう)の日(九月九日)、青龍寺に遊ばされたらどうですか」
「なにかあるのですか」
「紅葉が美しいですよ」
「そうね。今が柿落ち葉の真っ盛りね」
 高力士は楊貴妃が朝衡に密かに心を寄せていることを見抜いていた。
「朝衡殿も、長安の見納めに訪れたいと言っていましたよ」
「いつにですか」
「重陽の日に」
「高力士、ありがとう。妾(わらわ)もそうするわ」
 楊貴妃は朝衡が日本へ帰ることを知っていた。
 その日、二頭立ての小さな馬車に乗って、楊貴妃はこっそり青龍寺に向かった。お供の侍女は一人きりであった。
 白い秋の風が吹いていた。楊貴妃の髪がほつれる糸のごとく乱れた。千本の赤い柿の実と葉が炎のように秋空に燃え上がっていた。
「あら、朝衡様」
「楊貴妃様」
「日本にいらっしゃるのね」
「はい。天子様のお許しをいただき、故郷、日本へ帰ることになりました」
「帰るとは・・・いらっしゃるのでしょう」
「・・・はあ」
「唐には何年」
「三十七年です」
「それでは唐があなたの故郷ではないですか」
「そうかもしれませんね。楊貴妃様とお別れするのが残念です」
「お別れ?、又、帰ってくるのでしょ」
「ほらご覧。雁がねが南に帰っていく。雁がねは翌年の春必ず戻ってくるわよ」
「私も羽があれば・・・。ああそうだ、楊貴妃様。金のかんざしをお返します」
 と、言って朝衡は楊貴妃の手を取り、かんざしを握らせた。楊貴妃は朝衡の手を振り解くことなく、握られたままであったが、かんざしを受け取ろうとはしなかった。
「日本からお帰りになった時に返してもらうわ」
「帰ってきた時に・・・ わかりました。そうしよう」
「朝衡様 ありがとう」
 しばらく二人の沈黙がつづいた。
「妾(わらわ)は近頃、底無しの沼に引きずりこまれていくような気がするの。いくらもがいても自分で這い出す事が出来ないわ」
 阿環は自分の手で自分の髪の毛を掴み引っ張りあげようとしているようなもどかしさを感じていた。
「阿環さん、人間は皆底無しの沼に足を踏み入れています」
「仲麻呂さま どうか私を底無しの沼から抱き上げて下さい」
 二人は阿環と仲麻呂に戻っていた。
「もがかないことですよ」
「私を一緒に日本に連れて行ってください」
 阿環は子犬のようにしがみついてきた。
 二人はお互いに抱き合いたかったが、出来なかった。

 玄宗には仲麻呂が大唐国の高官として日本国遣唐使を送って後、また、帰ってきて欲しいとの気持ちがあったのである。

 百官の高官、友人達は仲麻呂の惜別の宴を開き、酒を酌み交わし、別れを悲しみ、旅路の無事を祈った。三十年来の友人である王維(おうい)は仲麻呂に言った。王維はこの時、尚書右丞(しょうしょうじょう)の高官の職にあり、詩人としての名声は唐中に響き渡っていた。
「曲江(きょくこう)の宴で、牡丹を披露してからもう三十年が過ぎ去った。懐かしいなあ」
「王維殿、本当に早いものですね」
「若き三仙人もまさに白髪仙人よ」
 王維は仲麻呂に別れの歌を送った。二度と逢えないであろう。それどころか、便りさえどのように出したらよいかわからないと嘆いた。その長い詩の最後の二行は

   別離 方(まさ)に域(いき)を異にせば
   音信いかにぞ通ぜん

 と、結んだ。仲麻呂の返答の詩、最後の二行は

   平生(へいぜい)の一宝剣(いちほうけん)  
   留(とど)めて交わりを結びし人に贈る

 ―永久の友情の印に、我が宝刀を君に贈ろう。受け取ってくれ―

 仲麻呂は三十七年間、自分を守り通してくれた家宝の黒作太刀(くろづくりのたち)を王維に贈った。鞘(さや)は椋材(むくざい)を用い、その上を薄い鹿皮で巻き、黒漆で仕上げてあった。柄(つか)は鮫皮(さめがわ)でその上を絹紐で巻き上げ、帯執(おびとり)は赤く染めた鞣(なめ)し皮であった。反りのない二尺六寸の伝家の宝刀を王維に贈った。
 離別の慣わしに従い、王維達は馬を並べ、銷魂橋(しょうこんきょう)まで送っていった。長安城の東門を出て、北流する運河の辺にある長楽(ちょうらく)駅の宿場を、さらに八キロ先に別れの駅亭があった。馬上には一壺(いっこ)の酒。馬から下りて、
「君にすすむる一杯の酒。朝衡、ここでお別れだ。達者で行けよ。さらばだ」
 口からあふれた酒が白いあご髭をつたわって大地にこぼれ落ちた。
 王維は柳の枝を採り、丸く編み上げた。その緑の環を仲麻呂の頭に乗せた。仲麻呂もそれに習って柳の環を王維の頭にも乗せた。お互いの頭には白髪が混じっていた。
posted by いきがいcc at 16:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 25.西暦七五二年の遣唐使
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